どのようにしてかの説明はありませんが、母親のサシクニワカ姫は息子が瀕死状態であることを知ります。
そこで神様に息子の命乞いをします。
その神様とは、天地創造で最初に現れた三柱の独神(ひとりがみ)の中の出雲の祖神カムムスヒです。
独神とは姿形が見えず男でも女でもないはずですが、不思議なことに娘がいるのです。
カムムスヒは、自分の二人の娘ウムギ姫(蛤の女神)とキサガイ姫(赤貝の女神)を救命に向かわせます。
キサガイ姫は赤貝の殻をこすって粉にし、ウムギ姫はそれを蛤の汁で溶いて母乳のようにしたものをオオナムチに塗ります。つまり軟膏を火傷に塗ったということでしょう。
鳥取県南部町手間にある赤猪岩神社。
オオクニヌシが殺害され、甦った地と伝えられています。
治療の甲斐あってオオナムチは「麗しき壮夫(おとこ)に成りて出で遊行(ある)きたまひき」と記されています。
境内の石碑。
「大国主大神御遭難地」とあります。
この碑を建立したのは出雲大社の千家(せんげ)家です。
殺害に使用された岩は、境内の地中深く埋められているそうで、大きな石で幾重にもふたがされています。
簡単に言ってしまえば「元気になって出歩いた」ですが、わざわざ「麗しき壮夫」としているところが気になります。「麗しき」は「立派な」で、「壮夫」は少年や青年ではなく大人の男です。
学問の世界では、この表現により、この事故の記述は「単なる大怪我」の説明などではなく、「危険を乗り越えて大人の男になった」つまり「成人の儀式を経た」のだと解釈しています。
確かにこの方が「学問的」ですが、古事記は言い伝えの「音」を文字に置き換えたものです。ですから単純に「音」に最も近い「字」を当てはめたと考えれば、「字」そのものの意味に強くこだわる必要はなくなります。
更に言うなら「字」の解釈の仕方も当時と今では違っている可能性があります。
私は「字」の部分を考えすぎて迷路に入り込まないよう単純に解釈することにしています。
…つづく