古事記おじさんの『21世紀の視点で古事記を読む』【71】

―「神話部分」を読む ― 須佐之男命の大蛇退治 ①

故所避追而。
(かれ やらはえて)

かくして(高天原を)追放された(スサノヲは)

所避追而(やらはえて)は、(オオゲツヒメのエピソードの前の)神夜良比夜良比岐(かむやらひ、やらひき)に続くべきである。
ここに単独で使うなら「故」の下に「スサノヲは」と入れなければならない。
そうしなければ、カムムスビが追放された様に受け止められる。
だからオオゲツヒメのエピソードがこの上に置かれているのが、疑問なのである。

宣長は、オオゲツヒメのエピソードの位置に随分こだわっています。古事記伝に書かれていない何かがあったのかもしれませんが、分かりません。

出雲国之肥河上在鳥髪地。
(いづもの国の ひのかはかみなる とりかみのところに、 くだりましき。)

出雲の国の肥河(ひのかわ)の上流にある、トリカミという所に降り立った。

「肥」は地名で、それにより川の名が付けられた=肥之河(斐伊川)。
この川の下流は、昔は神門(かんど)の水海(みずうみ)に流れ出ていた。
寛永の頃に洪水があり、流れが変わって今は伊怒の郷(旧平田町)から東へ流れ中央の入海(宍道湖)に流れている。
この入海は(出雲の)国の中央を東から西に入り込む海でかつては塩の海だった。
だが肥の大河の流入により、今は塩のない淡水になっている。

この他にも、鳥髪峰が(宣長の時代に)船通山と俗称されていることや、この山が出雲と伯耆の境界になっていることなども紹介しています。

此時箸從其河流下。
(このをりしも はし、そのかはより流れくだりき。)

その時、箸が川を流れていた。

於是須佐之男命、
(ここに スサノヲの命、)

そこでスサノヲは、

以爲人有 其河上而
そのかはかみに、人ありけりと、おもほして、)

「上流に人が住んでいる」と思い、

尋覓上往者。
まぎのぼり、いでまししかば。)

探しに登ると、

老夫與老女二人在而、
(おきなとおみなと ふたり、ありて、)

年老いた男女二人がいて、

童女置中而泣
(をとめを 中にすえて 泣くなり。)

少女を中にして泣いていた。

・・・つづく

※注:
青字 … 本居宣長『古事記伝』より
赤字 … 古事記おじさんの見解です。

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