禊祓(みそぎはらえ)【6】

実は、禊祓(みそぎはらえ)の場所として「竺紫」→「千酌」にこだわるには訳があります。

ひとつは先にも説明しましたが、黄泉比良坂(よもつひらさか)と竺紫が離れすぎている点です。

黄泉比良坂と千酌の距離は、直線距離で16kmです。海岸沿いに歩き、船で中海(なかうみ)を渡ったとしても1日で行けます。

もうひとつは、偶然の発見です。

出雲風土記の千酌を地図で確認していた時のことです。長い定規で、広げた地図を押さえていました。その定規をずらした時、偶然にも千酌と揖夜(いや)神社を結ぶ形になったのです。

何気なく、定規に沿って揖夜神社の南側に目を移しました。そこにあったのは船通山(せんつうざん)の文字です。


より大きな地図で 竺紫=千酌 を表示

この船通山は、詳しくは後ほど説明しますが、高天原を追放されたスサノヲが降り立った地なのです。つまり、禊祓(みそぎはらえ)の場が千酌だったならば、スサノヲの生まれた場所と、スサノヲ支配地への出入り口と、スサノヲ降臨の地が、南北一直線に並んでいるのです。

禊祓の場所は、こちらの方が、どこだか分からない九州の地よりずっと説得力があるとは思いませんか?

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禊祓(みそぎはらえ)【6】 への2件のフィードバック

  1. ねえさん のコメント:

    おぉぉぉ 鳥肌が立ちました。 

  2. 古事記おじさん のコメント:

    >ねえさんさん
    コメントありがとうございます。
    私も気付いた時、背筋がゾクッとしました。
    まだこれからも続きますのでお楽しみ下さい。

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