もしも古事記の神々が人間だったら・・・【12】

スサノヲ≪その四≫

高天原族の地を追放されたスサノヲは、『国つ神』と総称される部族の住む地域に現れます。古事記にはその地名が「出雲の国の肥(ひ)の河上、名は鳥髪(とりかみ)という地(ところ)」と明記されています。
現在の鳥取県と島根県の県境にある船通山(せんつうざん)です。

ここは鳥取県では日南町、島根県では奥出雲町になるのですが、中国山地の日本海側の高原地帯で、日本海から直線距離でおよそ40km程度です。
この高原地帯には、江戸時代頃から杉や檜(ひのき)の針葉樹が植林されています。
でも以前は、炭作りに適したブナやナラの広葉樹に覆われていました。土質は砂鉄を大量に含んだ「まさ土」です。
適度な深さの谷が多く、そこを通り道とする「海風」「山風」は強くて、野鑪(のだたら=古代製鉄装置)を造るのに適した地です。

この高原地帯から流れ出るいくつもの沢が、鳥取県側では「日野川(ひのがわ)」・島根県側では「斐伊川(ひいかわ)」として日本海に至っています。
鳥取県の「ヒノ」川と島根県の「ヒイ」川、同じ地域から流れ出た川の名の頭の部分は「ヒ」で、下の部分が「ノ」と「イ」になっているだけです。
上流地域の地名は「ヒ=肥」だったようですが、それは「火」を意味していたようです。炭作りにも製鉄にも「火」が必要ですから、その地域ではいつもあちこちで「火」が使われていた。つまり「火」の地域だったのではないでしょうか。

でも、なぜスサノヲはこの地に現れなければならなかったのでしょう。
古事記神話が高天原族(=後の大和王権)の創った単なる神話であるなら、追放したスサノヲの行き先などどうでもよかったはずです。
そうできなかったのには、それなりの理由があったはずです。
その理由とは?
これは以前に書きましたが、島根半島には「スサノヲ誕生地・生育地」が密かに伝承されています。
古事記は、イザナギが鼻を洗った時にスサノヲが生まれたとしていますが、これはあくまでも「神」とするための便宜的書き方で、実際はそんな馬鹿なことはありません。
伝承によれば、スサノヲは島根半島の日本海側で生まれ育っています。
成長後、オロチ族エリアに隣接する地域に行ったようで、現在そこには須佐神社が建っています。
ここの現在の地名は、島根県出雲市佐田町須佐となっています。
ここから山越えして10kmほどのところに雲南市木次(きすき)町があるのですが、ここにはオロチ関係の由緒が伝わる地が点在しています。
つまり雲南市から東側の山中一帯がオロチエリアなのです。

・・・つづく

カテゴリー: 連載を読む, もしも古事記の神々が人間だったら・・・, 神様から読む, スサノヲ タグ: , , , , , , , パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。