「壬申の乱」タグアーカイブ
古事記おじさんの『21世紀の視点で古事記を読む』【7】
― 天武天皇はなぜ歴史書の編纂を発案したのか? ― ④ 国際紛争で大敗した中大兄皇子は、唐が攻め寄せるのではないかとビビりまくります。敗戦責任を口実にクーデターが生じる可能性もありますから、都を海から遠い大津に遷し(66 … 続きを読む →
「古事記」は『独立宣言』だった!?【8】
天智天皇の次に権威を持つのは、本来なら息子です。 しかし年齢的にもそれまでの経緯からも、弟の大海人皇子が皇太子となっていました。 反『百済派』の面々は、彼に接近したはずです。 天智天皇を取り巻く『百済』人達が、これを見過 … 続きを読む →
今こそ古事記を読もう【12】
『壬申の乱』を極端に簡単に言ってしまえば、「親百済」の天智系と「国粋派」の天武系の戦いです。 天智は即位後、後継は弟の天武を考えていたようです。だからこそ二人の娘を天武に嫁がせたと考えられますが、いつしか息子の大友皇子を … 続きを読む →
今こそ古事記を読もう【11】
天武は当然のことをしたのでしょうが、同様に当然のこととして、母親は自分の子供に権力を委譲したいと考えます。 これから先を理解するには、天武が如何にして天皇になったかを知っておく必要があります。 そこでその経緯を簡単に述べ … 続きを読む →