「古事記」は『独立宣言』だった!?【1】

2013年、明けましておめでとうございます。

去年で古事記編纂から1300年目の区切りの年は終わりましたが、このブログには関係無しです。

昨年後半、古事記に登場する重要と思われる神様について書いてきました。

まだ終わっていませんが、尖閣・竹島問題など近隣国との緊張が古代に似てきましたのでそちらは中断し、私が古事記をどのような書物と位置づけているかについて触れてみたいと思います。

古事記に関し学界関係者は、「偽書」であるとかないとか、あるいは書かれている内容が他国の神話に似ている云々とか、更には序の文字遣いが後世のものであるからどうのこうのと、毒にも薬にもならないことを取り上げて事足りるとしているようです。

これは「群盲象を評す」の所行で、古事記の内容分析だけに夢中になり、古事記という書物があの時期に書かれた理由を広く考えようとはしていないようです。

実は私は、『あの時期に、天武天皇が歴史書を編纂しようと発案した国際的・国内的背景』からアプローチすれば、古事記の内容の意味もこれまでの解釈とは違ったものになるのではないかとのスタンスなのです。

また上巻=神話部分を、特に重視しています。

その理由は、この部分は明らかに各地の伝承と関係しており、当然各部族も内容を知っていたはずです。ですから、編者の勝手な改ざんがはばかられたであろう部分だからです。

中巻・下巻は支配家の先祖の経歴ですから、相当な誇大化・美化がなされていると割り引いて見なければなりません。

以上の私のスタンスによる古事記の位置づけは、当時の中国や朝鮮からの干渉を拒否しようと国内各部族に示した『独立の意思表示』の書です。

ついでに言えば、8年後に完成した日本書紀は、加筆修正した海外向け『正史』と位置づけています。ですから時の権力だけを中心とし、過去の権力「出雲勢力」の存在には触れていないと受け止めています。

…つづく

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