オオクニヌシ「スクナヒコナと御諸山の神」【1】

大国主の物語の最後は、彼の子供達を列記していますが省略します。

次は共に国作りをしたスクナヒコナと御諸山(みもろやま)の神との出会いのお話になります。

まずスクナヒコナですが、大国主が出雲の御大(みほ)の御前(みさき)=現松江市美保関町で、小さな神が小さな船に乗ってやって来るのを目にします。

誰だろうと調べてみると、案山子(かかし)が「神産巣日(かむむすひ)の神の子供のスクナヒコナ」だと答えます。

カムムスヒとは、天地(あめつち)の初めで現れた独神(ひとりがみ)で、出雲の祖神とされています。

大国主がそのカムムスヒに問い合わせますと「その子は確かに私の子供だ。お前と二人で兄弟として国を作り堅めよ」と命じます。そこで二人は協力して国作りに励むのですが、完成前にスクナヒコナは常世国(とこよのくに)=不老・長生の国に行ってしまいます。

古事記には「常世国に渡りましき」としか書いてありません。
つまり「行っちゃった」で終わっているのです。

ところが日本書紀には「出雲の熊野の岬に行って去った」、また「粟島から去ったともいう」と書かれています。

熊野も粟島も古代出雲王国内です。
粟島は現在の鳥取県米子市ですが、「熊野の岬」がどこのことか分かりません。

そこで熊野山の山並みを海の方へ辿って行きますと、現在の東出雲町辺りが海側の最先端になるのですが、ここは先に紹介しました黄泉比良坂がある場所です。
粟島はそこから11kmばかり西に位置します。

古事記おじさんのブログ-粟嶋神社

粟嶋(あわしま)神社(米子市彦名町)

はっきりしませんが、スクナヒコナが常世へ旅立ったのは現在の東出雲町から米子市の辺りだったようです。

…つづく

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